羽賀の荒神さんは、もと郷分の平ヶ峠にありましたが、元祿13年(1700)3月に、八幡神社の裏に持って帰りました。その後、明治44年(1911)社殿が朽ち果ててしまったので、八幡神社に合祀しました。
それを、昭和26年(1951)に、現在地へ再建しました。だから、もともとは平ヶ峠に祀ってあったものなんです。
この荒神さんは、羽賀の城主であった羽賀弾正・中津三郎がつくったものではなかろうかと思われます。祭神は火産霊神(ほむすびのかみ)が祀られています。祭礼日は11月の第1日曜日で、町内会で行っています。
この荒神社は、八幡神社より修復回数の記録が少なく、今判明しているのは、元祿13年(1700)が最も古く、明治44年(1911)と、昭和26年(1951)の記録があるだけです。
荒神社にまつわる逸話
昭和49年の荒神祭り前夜祭で、神楽を奉納するので、三好ツキ板工場まで降りてもらい、夜、遅くまで賑やかに神楽を楽しみ、翌朝本祭りのため、六人で荒神様をお連れして社に帰る時、荒神社の屋根の上に大きな動物(セパード犬位)が居るのに気が付き、大きな声で皆に知らせたが、早い者四人が神社に着いて居たので見られなかったが、或る人は屋根から山へ飛んで行くのを見てびっくりしましたと。
此の動物は「貂 テン」と言うそうです。貂は昔から荒神社のお使いと言われているので、居ても不思議ではないと信じている人もいるそうで、荒神社が留守になっているので留守番に来ていたのではないかという。(貂はイタチ科の動物)